キュレーションを公平(フェア)に拡張する vol.3 (こどもの)絵が70年残ることについて

展覧会に行ってきました

展覧会レポートVol.2

2025年2月9日訪問(会期終了)

みなさんは、「アール・ブリュット」とか「エイブル・アート」、「アウトサイダーアート」といった言葉を聞いたことがありますか? では、「障害者アート」は?

こういった言葉、日本では一般に、障害のある人たちの創作したアートを指して使われることが多いのですが、それぞれ他にも霊能者や美術教育を受けてない人が含まれたり、障害のある人たちの表現を通して自分たちの感性を呼び覚ます芸術運動、、、といった意味があったりします。少なくとも今、障害のある人の作品を指す時によく使われることは確かです。

と、、、しょっぱなからいきなり理屈っぽく感じられたでしょうか。汗 (でもきっと面白いと思いますので最後までぜひ読んでみてくださいね!)

今回訪れた展覧会は、普段、東京国立近代美術館で主任研究員として前衛芸術という、ちょっととんがったというか、攻め姿勢の(小松談)アートを主に研究している成相 肇さんが、初めて「障害のある人のアート」について調査し展示した展覧会です。

会場では、社会福祉法人椎の木会(滋賀県)と、みずのき美術館(京都府)所蔵の、計8点の絵画作品(1950~60年代制作)と、1955年開催の展覧会で使われたと思われるキャプション2点、1950年代前後に出版された本などの資料を展示していました。
絵画はどれも紙面全体が力強く塗り込められ、それぞれに豊かな色彩も相まって重量感のある印象を受けました。

壁に整然と横並びの絵画、机に手に取って読める資料と、とても端的な印象の展示

さて、私が訪れた2月9日は成相肇さんと、みずのき美術館キュレーターの奥山理子さんのトークイベントがあり、ここからはトークでお聞きしたお話を中心にお伝えします。


今回の展覧会のタイトルは、「キュレーションを公平(フェア)に拡張するvol.3 (こどもの)絵が70年残ることについて」です。

キュレーションというのは展覧会を企画、運営するといった意味。それを公平に拡張するとは、、、。また難しくなってきました。笑

ただ、もっとわかりやすく気になるのは、「なんで(こどもの)なんや?」というのと、”70年残る”の、「なんで70年?」です。みなさんはどう感じますか?

この展示を企画したご本人、成相さんのお話を聞いていると、私が思ってもみなかった(こどもの)のネーミング由来がなんとなくわかってきて、しかもそれが「障害のある人のアート」のとても深いところにつながっているように感じました。

今から70年前というのは1955年。日本が戦後の混乱や貧しさからようやく復興してきた頃です。

その年に、当時の社会福祉法人椎の木会 落穂寮を利用していた知的障害のある子どもらの作品展「知恵のおくれた子らの作品」が東京渋谷の東横百貨店で開催されました。

展覧会は大盛況だったそうで、ラジオやテレビでも紹介され、美術雑誌「美術手帖」では臨時増刊号「ちえのおくれた子らの作品」が発刊されました。

これにより、障害のある子たちの作品が大きく注目されました。

世間ではその少し前から、健常の「こども」の絵も注目されていました。と同時に、埴輪や縄文などの古代ブームもあったそうです。成相さん曰く、戦後の荒廃から、古代やこどもの「未来へ向かう輝かしさ」や、「無垢なもの」、「リスタート」へのあこがれや注目があったのではとのこと。

そういう国民のあこがれが下地にあって、また、はだかの大将やちぎり絵で有名な山下清の注目や人気もあり「知恵のおくれた子らの作品」展の連日盛況があったのかなと想像できます。

展示風景

今回会場で展示されていた8点の絵画作品は、制作年が「知恵のおくれた子らの作品」展のあった1955年近辺のものです。

つまり約70年経った今でも大切に保管、管理されている作品です。

でもちょっと考えると、画家が生業でもない子供の絵や障害のある人が日常で描いた絵が70年後の今でも大切に施設や美術館で保管され、時に展示もされているって、実はすごくないですか?

私が幼稚園生の時に描いた絵なんて、どんなに素晴しい(!?)絵でも家に持ち帰ってとっくの大昔に捨てられています。笑

また、今回展示された2点のキャプションは、おそらく「知恵のおくれた子らの作品」展の時のものとのこと。

そこには、通常よく目にする、作品名、作者名、などの他に、知能指数や、知能年齢、作者の特徴(趣味嗜好や、障害特性といえるもの)までが書かれ、作品と一緒に展覧会の来場者が見ていたと考えられます。

つまり、来場者に作者の「障害がある子」という属性を強調する必要があったんだということですね。

資料は手にとって読むことのできるようにして机に置かれた、美術手帖の臨時増刊号「ちえのおくれた子らの作品」含む、専門書籍から大衆雑誌まで19点。すべて児童画や障害者表現に関するもので、ほとんどの資料の発行年が1950年代でした。

その頃の世間の熱い視線が資料の存在だけでも伝わってきますね。

貴重な資料の数々は来場者も読める

ここで冒頭でふれた「アール・ブリュット」「障害者アート」についてのくだりを思い出してください。

どれもいわゆる「障害がある人」が描いたなど、その属性がアートに結びつけられて名付けられている言葉だとお伝えしました。他のアートでは表現についてのネーミングはありますが作者の属性で名付けられることはありませんから(例えば印象派は表現のことは指しますが作者がどんな人かは問題にされません)、特殊なネーミングだといえます。「児童画」もそうですね。

なぜ、そうなったのか。

「障害とアート」ということで、障害のある人たちの、あるいは〇〇さんの素晴らしさ、豊かさや才能を発信したいということもあります。 「知恵のおくれた子らの作品」展はその例かもしれません。

一方でこのネーミングは「障害がある人の」といってそれを強調されたり、「こういう作風には障害特性が現れています」と作品自体ではなく特性で評価されることもあったりして疑問を感じることもあります。「障害があるからいいのではなくて、その人の作品だからいい。だからわざわざ障害について伝えなくてもいいやろ。」ということもあります。

もうひとつ、社会の中で「障害がある」と言葉でいう時にでてくる差別につながる可能性に配慮するところから、わざとそこに触れないということも。

70年前に注目されたことから、日本で次第に障害のある人たちのアート活動が世間に認められ、活発になり、近年では作品が高価な値段で販売されたり、大きな美術館で展覧会が開催されたり、授産品として安価に売られていた手作りの商品もいいものであれば相応の価格が付くようになってもきましたし、ブランディングされて百貨店価格のものもたくさんあります。こんなふうに名付けられ、注目されたから70年後の今に絵が残された。という側面もあります。

もうひとつの一方で、アートとしての世間的な価値が高まったからこそ、一般のアート市場では当然にある作品についての健全な批評や批判も、障害のある人のアートについて批評や批判となると、間違いなくしづらい風潮があります。美術館の学芸員やアート関係者も、障害について学ぶ機会がなかったり、身近で触れる経験がなくてどう対峙したらいいかわからない、ということもあります。

えー、、、

私の文章もだいぶまとまらなくなってきました。まとまる気もしないので、このままこの記事終わろうかなと思います。

でも、成相さんも、まだ「障害とアート」について、どう解釈したり伝えたらいいかわからないと言われてました。(言い訳、、、汗)

「アート」「障害とアート」、みなさんは何を感じられますか?

文章・写真:小松紀子

展覧会「キュレーションを公平に拡張する vol.3(こどもの)絵が70年残ることについて」
https://haps-kyoto.com/on-childrens-paintings-being-kept-for-70-years

会期|2025年2月4日(火)〜2月23日(日・祝)12:00〜20:00 会期中無休

会場|MEDIA SHOP | gallery(〒604-8031 京都市中京区河原町三条下る一筋目東入る大黒町44 VOXビル 1F)

入場料|無料

ゲストキュレーター|成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)

主催|文化庁、一般社団法人HAPS

・一般社団法人HAPS  https://haps-kyoto.com/

・ みずのき美術館 https://www.mizunoki-museum.org/

・社会福祉法人椎の木会  https://ochiho.noor.jp/

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